十二代目・松平定則の時代

松山城、小天守の写真です。クリックすると拡大します。

十二代目藩主、松平定則

文化元年(1804年)、松平定国の後を継ぎ、十二代目藩主になったのは、定国の嫡男(ちゃくなん)である松平定則でした。

実は、この定則には、兄がいたのですが、夭折(ようせつ:年が若くて死ぬこと。)してしまったため、定則が二男であるにも関わらず、松平家の家督を相続するよう事になったようです。

定則が藩主時代の行いとしては、伊予郡松前町浜の付近に、港を新しく造ったとされています。伊予郡松前町は、松山城が出来る以前に、松山地方を治めるための「松前城」があった場所です。
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