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七代目、松平定英の歴史

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松平定英時代に始まった松山藩の不幸な時代

享保5年(1720)10月に定直の後を継承したのは、三男の松平定英でした。

長い長い定直時代に藩政の経済危機を脱し、さらに文化も充実し、繁栄が続きそうな松山藩でしたが、松平定英が藩主になってすぐに松山藩最大の危機が始まります。

まずは、定英が藩主となった翌年の享保5年(1721)7月に石手川が大雨による大洪水のために氾濫を起こします。

このときの災害はひどいもので、流出家屋889軒・死者77人・山崩れ2万9,220か所という大災害でした。

この頃より石手川の氾濫が度々あり、その対応策も追いつかず、どんどんと藩政に暗雲が立ち込めてきます。

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