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東雲神社の写真

東雲神社は松山城の鬼門除け

松山城登山ロープウェイ乗り場の直ぐ北側の石段を登ると、東雲口登山口と重なって、東雲神社へ登る石段があります。

この東雲神社は、文政6年(1823)に久松定通によって建立され、松山城の鬼門除けとして東麓にあたる場所にあります。

東雲神社で、松山藩時代に行われていた能舞台はかなり立派だったそうで、春秋ニ回の能狂言は松山藩の誇るものだったそうであります。

まだ、確認はしていなのですが、最近、何年か中断していた「東雲さんのお能」が復活したそうであります。

(4月ころに行われたそうなので、機会があれば見てみたいものです。)

東雲神社の言い伝え

元々の東雲神社の発祥は、松山城登山ロープウェイが到着する松山城長者ヶ平であったそうです。

これから先は、言い回しが古いので、わかりづらいのですが・・・、

文政六(1823)年、松平松山藩11代藩主松定定通が、松山城長者ヶ平に、社殿を造営し、東雲大明神と称え、久松家の祖先神天穂日命菅原道真公と、藩祖久松定勝公以下藩主の神霊を奉斎し、藩崇敬の神社としたとされているそうです。

そして、明治13年2月に呼び名を東雲神社と改め、県社に列格した後、昭和20(1945)年7月の松山空襲で、社殿など数多くの建物が焼失したらしいです

その後、昭和46(1971)年、伊勢神宮の分社松山大神宮を奉遷し昭和48(1973)年に神明造りの社殿が完成し、松山大神宮と東雲神社の神霊が合祀奉斎されたそうです。

また、社殿に於て、春秋二回(4月・10月)の神能が奉納せられており、境内に、東雲桜と称する山桜と、市指定天然記念物通称なんじゃもんじゃの木(和名ヒトツバタゴ)があるそうです。

内藤鳴雪、高浜虚子の句碑も二基あるそうです。

・・・だいたいの感じは解るのですが、古い言い回しは解りにくいですね。





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