8乾門~古町口登城道体験
乾門からの古町口登城道
乾門をくぐれば、そこから先は、松山城の裏側の登城道となる古町口登城道です。
この道が、一番森林浴が出来そうな道であると思います。
しかし、降り口の乾門から、登城道の上側約1/3くらいのところまでは、未だ道が整備されていません。
雨の日などは、よく足が滑ります。
きちんと整備してほしいという思いと、今のまま、土がある状態で置いておいてほしいという思いが半々です。
下りは、いつもそのような事を考えながら、歩きますが、最近、登城道を下っていると、左手方向の崖が雨で洗われて崩れそうになっています。
とりあえず、そこだけは直した方がいいような気がします。
古町口登城道側にあった北の郭
この登城道は、右を見ても左を見ても深い林ですが、下っていると右手方向が急な崖のようになっています。
丁度、古町口登城道と山の峰を挟んだ反対側に二之丸があるのですが、二ノ丸側の方が、多少山の傾斜が緩い気がします。
そのような事からか、多分、古町口登城道側(勝山の裏側)からは、山が急なので、城を攻めようとしても、攻めにくかったのではなかろうかと思いますが、丁度、古町口登城道の右下の麓には北の郭(くるわ)という出城がありました。
記録によると、かなり立派な出城で、概略の大きさは、東西に約140m、南北に約50mで、周囲を7mほどの石垣で囲い、その上には周囲を塀で囲った、立派な番郭があったようです。
勝山の裏からの防備にも十分な備えをしているのは、さすがに、築城の名手、加藤嘉明であると思います。
先日、何か「北の郭」の面影でもないものかとそのあたり一帯を歩いてみましたが、さすがに何も見つける事が出来ませんでした。
そのかわりに、同じ場所には、ホームセンターのディックとホテル泰平が鎮座しておりました。
古町口登城口
古町口登城道を降りてゆくと、麓に平和通という大きな通りがあるので、次第に車の音などが聞こえ始めます。
登城道は、山すそ伝いに左方向へと下ってゆきます。
登城道の中間あたりを過ぎると、そこから下は、道が整備されています。
段々のついた、緩やかな坂道のようになっています。
やがて、右への急カーブを曲がれば、もうすぐ、古町口登城口です。
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2012/01/24 | コメント/トラックバック(0) |
カテゴリー:四登城道制覇を体験
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