「松山」と呼ばれ始めたのは・・・
今でこそ愛媛県の県庁所在地のある松山市という名称が一般に知られているので、松山という名前は誰もが知るところですが、この「松山」という呼び名はいつ頃から、そう呼ばれるようになったのでしょうか。
実は、松山城の築城を始める以前は、松山という地名はこのあたりにはありませんでした。
「松山」と呼ばれ始めた時期
それまでは、愛媛県のあたりは、伊予国(いよのくに)と呼ばれており、松山城のある松山市周辺は、松山城を築城した頃以前の約1,000年間くらいは、伊予国温泉郡と呼ばれていました。
そして、その伊予国温泉郡時代にも、いくつかのお城はあり、大きなものが、湯築城と松前城(旧名は正木城)でした。
「松山」という地名を作ったのは、慶長8年(1603年)に、新たに伊予国温泉郡地方の領主となった加藤嘉明(よしあき)でした。
加藤嘉明は、自分が領主となって直ぐ、この地方を治めるためのお城である松前城があり、この地方を治める領地であった松前(今の松前町)から、温泉郡(今の松山市)へと領地を移しました。
その時に、加藤嘉明は、今の松山市一帯に「松山」という地名をつけました。
「松山」という名前の由来
「松山」の由来はというと・・・、
「天下を収めていた徳川家康の姓である松平の「松」をもらい、それ以前の例として奥州会津の城を「若松」城、信州川中島の城を「松代」城と改めたように、「勝山」を「松山」と改めたそうです。
ここで、「勝山」というのは、現在、松山城のある山の名前でもあり、また、お城山付近には現在も勝山町という地名が残っています。
当時の、このあたり中心部の名称であったようです。
この時、加藤嘉明が、この「松山」の地名を用いて「伊予松山藩」を立藩しました。この頃より、「松山という地名が始まりました。
現在は、この話が最も有力な、「松山」命名の由来だそうです。
ただ、この「松山」命名説の由来には、別の説もあるそうで・・・、
四季を通じて常緑樹であり樹齢も長く、長寿のシンボルであることに加え、「神の木」と呼ばれるほど美しい姿を持つ松にちなみ「松山」と名付けられたという説もあるそうです。
いづれにせよ、「松山」という名がついたのは、加藤嘉明が、「伊予松山藩」を立藩した折であり、松山城の築城が始まった時期と重なっています。
「松山」という呼び名の歴史と、「松山城」の歴史は一緒なのです。


