松山城って、どんなお城

松山城天守閣の写真です。クリックすると拡大します。

松山城のご紹介

地元の方は、いつも松山城を見慣れているので、特にお城に興味のない人にとっては松山城は空気のような存在であり、そんなに「誇れる」・・・などと考えた事などはないかもしれませんが・・・。

 

堀之内公園よりの松山城の写真です。クリックすると拡大します。

いつもそこにある松山城

斯く言う私も、いまでこそ、松山城が大好きなのですけれども、若いころは、そんなにまで、大事な構造物であると考えたり、誇らしく思ったりする事はなかったような気がします。
しかし、地元に、このような「お城」がある地域が、国内に、そんなにあるのでしょうか。

別に、よそにあまり無いから・・・、ということだけでもないのですけれども、せめて、松山城がどのようなお城であるのかを、まずは出来るだけ多くの人(特に地元の人)に知ってもらいたいとの思いより、簡単な紹介の記事を投稿させていただきます。

そうして、少しでも多く地元の方が、多少なりとも松山城を「誇り」に思っていただければありがたいと思います。

 

本丸本壇よりの松山城の写真です。クリックすると拡大します。

松山城の築城様式

江戸時代の建築物として、現存する天守閣を有している松山城ですが、現在、模擬や復興ではなく、現存する天守閣を有する城は全国に12ヶ所くらいしかありません。

松山城は、「平山城」に分類されますが、「平山城」とは、防御を目的として、険しい山の地形を利用した「山城」と、権勢の象徴として要衝の平地に立てられる「平城」との中間に位置する分類のお城であり、両者の性格を併せ持つお城の事です。

当時、戦国時代の大名たちの多くは、守りが強固なという理由で、主に「山城」を本拠地としていたそうです。

しかし、織田信長の安土桃山城の時代に、「山城」は、麓との行き来が大変なので、政治支配や領域支配を考えると、「あまり平地から高くないところで、しかも要害強固なお城の方が望ましい」という理由により「平山城」が広まったそうです。

「平山城」の標高としては、約50mくらいな高さのものが多いそうなのですが、松山城のある「勝山」は、標高が132mです。
松山城は、「平山城」の中でも、極めて「山城」に近いお城だと言えます。

 

西堀端よりの松山城の写真です。クリックすると拡大します。

松山城の本丸

松山城の本丸は、「勝山」にありますが、元々は2つとも3つともあったといわれる山頂を切りならし、平らな地盤を作った所に設けられているそうです。

本丸は、その「勝山」の山頂部の平地をすべて利用して造られており、平地部分すべてを囲う形で、その回りを強固な石垣と塀で囲って造られていたそうです。

しかし、残念ながら、現在本丸周囲の石垣は残っていますが、本丸を囲む塀は、一部分しかのこっていません。

そうして、その広い本丸のほぼ北方向の端に、さらに、本丸よりも高く石垣で囲まれた、天守閣のある本丸本壇を形造っています。

その造りは、天守閣を囲んで、玄関他聞・櫓・渡り廊下・小天守が互いに連結しており、それに通じる進入路も屈曲し、門や櫓を配した強固な造りになっています。

このように、小天守郡を渡櫓でつなぎ、行き来できる天守を「連立式天守」と呼ぶらしいのですが、松山城は、姫路城・和歌山城と並び、全国の代表的な「連立式天守」のひとつとされています。

また、現在は、本丸を初め、二之丸、三之丸などの跡は国指定史跡となっており、現存する21棟の建造物が重要文化財に指定されています。

 

松山城本丸(勝山頂上)内にある井戸の写真です。クリックすると拡大します。

魅力のある松山城

この松山城には、いろいろな・・・不思議が多く・・・、いまでも私のような「お城」好きを飽きさせない魅力があります。

・・・たとえば、

・松山城は、1602年より約25年の歳月をかけて築造されたのですが、完成時には、五層の天守閣だったそうです。かなり立派なものだったのでしょうが、その後、なぜか、三層の天守閣へと規模を縮小しているのです。
理由については諸説あるそうですが、とても不思議な事です。

・通常、天守閣といえば、戦いの時に籠城(ろうじょう)するところなので、板張りの床が常であるらしいのですが、松山城は畳敷きであった形跡があるそうです。
何故、そのような造りにしていたのかも、未だに理由ははっきりしていないそうです。

・松山城の本丸には、山の山頂であるにも関わらず、井戸があります。この井戸は深さが44.2mもあり、水深も9mもあったそうで、戦前までは、鶴瓶(つるべ)が備えられており、冷水を汲み上げて、飲むことがゆるされていたそうです。
簡単に戦前とはいっても、築造からは350年近くも経っています。その井戸が使えていたのは・・・、すごく不思議な感覚です。

などなど、他にも、松山城の秘密的な話が多々あります。

今後、少しずつ、このサイトで紹介させていただきます。

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